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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)19598号 判決 1990年1月30日

原告

飯塚順

鞠子博

畑優

山田光郎

岡田正

松井幸男

右六名訴訟代理人弁護士

伊藤忠敬

富田均

被告

品川区

右代表者区長

多賀榮太郎

右訴訟代理人弁護士

近藤善孝

右指定代理人

市岡雅史

市川一夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ、左記金員及びこれらに対する昭和六一年一〇月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(1)原告飯塚に対し 金九万三四三〇円。

(2)原告鞠子に対し 金八万七九一八円。

(3)原告畑に対し 金七万九二七八円。

(4)原告山田に対し 金七万八九八二円。

(5)原告岡田に対し 金八万六〇六二円。

(6)原告松井に対し 金一〇万九四七四円。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告らの身分

原告らは、いずれも、被告の正規職員として採用され、被告の設置する左記学校において、警備職員としての業務に従事していた者である。

(1)原告飯塚 浜川中学校

(2)原告鞠子 第二日野小学校

(3)原告畑 戸越台中学校

(4)原告山田 日野中学校

(5)原告岡田 平塚中学校

(6)原告松井 城南中学校

2  原告らの勤務時間、給与及び諸手当て

(1) 勤務時間

原告らの勤務時間は、被告が定めた「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規程」により、一週間につき四四時間の範囲内で、次の基準に従って学校長が具体的に割り振るものとされている。

<1>平日 午後四時から翌日午前九時まで。

<2>土曜日 午後零時から翌日午前九時まで。

<3>日曜日 午前八時三〇分から翌日午前九時まで。

なお、右のようにして割り振られた勤務日が国民の祝日又は年末年始に当たる場合は、勤務時間は、一律に午前八時三〇分から翌日午前九時までとなる。

(2) 給与及び諸手当て

原告らの勤務に対しては、被告が定めた「職員の給与に関する条例」(以下「給与条例」という。)により、毎月、所定の給与が支給されるほか、一定の勤務に対して次の諸手当てが支給されることになっている。これらの手当ての支給は、<4>を除いて、給与条例上、いずれも、「勤務することを命ぜられた」ことが要件とされている。

<1>夜間勤務手当て(一七条)

午後一〇時から午前零時の勤務について、(一時間当たりの給与額)×(時間数)×(一〇〇分の二五)の割合で支給。

<2>休日給(一六条二項)

国民の祝日又は年末年始の勤務について、前記(1)の時間に相当する部分につき、(一時間当たりの給与額)×(時間数・ただし、午前零時から午前五時までは除外し、端数が三〇分以上は一時間に切り上げ、三〇分未満は切り捨てる。)×(一〇〇分の一二五)の割合で支給。

<3>超過勤務手当て(一五条)

前記(1)の時間を超過する部分について、(一時間当たりの給与額)×(時間数)×(一〇〇分の一二五)の割合で支給。

<4>報償費(一三条)

年末年始の勤務について、昭和六〇年末から昭和六一年初め当時は、一日当たり四三七〇円の定額支給。

3  勤務命令の存在ないしこれと同旨(ママ)し得る事情

(1) 被告の教育委員会は、昭和六〇年一二月一七日ころ、原告らが勤務する各学校の学校長に対し、同年の年末年始(一二月二九日から一月三日まで)の学校警備の割り振りを指示し、これを受けた学校長は、それぞれ、左記のとおり、原告らの勤務日の割り振りを完了し、原告らは、いずれも、これを了知した(甲第四号証、乙第四号証の二の六枚目の表)。

なお、一二月二八日及び一月四日は通常勤務であり、その余は、勤務の開始が午前八時三〇分、終了が午前九時である。

<1>原告飯塚、原告鞠子及び原告畑について。

ア昭和六〇年一二月二八日から同月二九日。

イ昭和六〇年一二月三〇日から同月三一日。

ウ昭和六一年一月一日から同月二日。

エ昭和六一年一月三日から同月四日。

<2>原告山田、原告岡田及び原告松井について。

ア昭和六〇年一二月二九日から同月三〇日。

イ昭和六〇年一二月三一日から昭和六一年一月一日。

ウ昭和六一年一月二日から同月三日。

(2) もっとも、各学校長は、原告らに対して、直接かつ明示的に右勤務の指示をしなかったが、各学校長において具体的な勤務割りを完了し、原告らにおいてこれを了知したのであるから、各学校長としては、原告らに対して、それぞれ、休日勤務、超過勤務、夜間勤務を含む年末年始の勤務を命じたものと同視することができ、これによって、諸手当て請求の要件である勤務命令は具体的に発せられたものということができる。なぜなら、勤務することを命ぜられたといえるためには、必ずしも、口頭又は文書で明示される必要はなく、客観的に命令の意思が伝達し得るような状況にあれば足りると解すべきだからである。

(3) 仮に右主張が認められないとしても、警備職員については、教職員の宿日直に代わる専門の制度として導入されたことの当然の結果として、三〇年余の長きにわたり、「学校長は、年末年始についても、平常の休日勤務として、一直一休勤務の割り振りをして勤務させ、警備職員は、特に直接的な指示がなくとも勤務に就く。」という法規範性のある慣行が定着してきた。すなわち、警備職員の主たる勤務時間は、その制度が発足した当初から、夜間及び休日に限られていたもので、年末年始についても、その都度、学校長から勤務時間を指定して個別的に勤務を命ぜられることなくして、二名の警備職員が、交代制勤務の割り振りに従い、正規の勤務として当然に勤務し、被告の規程上でも、このことを前提として、平日勤務を一律に加重した出勤時間や服務上の取扱いが明文化され、また、平日勤務を越える分について超過勤務手当てが付加されてきたのである。超過勤務手当てが付加されるからといって、超過勤務命令が発せられたということは、一度もなかった。

そして、本件以前の年末年始についても、原告らは、休日勤務や超過勤務等の特別の指示を受けることなしに、正規の勤務として、当然のごとく勤務し、被告もそれを当然のこととして扱い、原告らに対して各種の手当てを支払ってきたもので、このような慣行は、黙示的に勤務命令があったと同視し得る事情であり、本件の年末年始についても同様の状況にあったものである。被告及び原告らが勤務する各学校長は、このような法規範性のある慣行に拘束されるから、正当な手続きを経ないで、これを一方的に破棄することは許されない。

(4) 協定における合意

<1>原告らの加入する品川区学校警備労働組合(以下「品警労」という。)は、昭和六〇年九月一〇日、被告との間で、機械警備の導入に関し、左記内容の労働協約を締結した。

「一 品川区教育委員会は、昭和六〇年に学校警備の機械化を実施する九校のうち、当該五校に勤務する組合員について、昭和六一年三月の人事異動の際その組合員の意思を尊重する。

二  品警労は、組合員が転職を希望する時には、その意思を尊重する。」

また、右協約の締結に際して、品警労と被告との間で、口頭で次の合意が成立した。

「一 品警労は、将来、警備職員の欠員不補充に同意する。

二  被告は、現在勤務中の組合員につき、勤務条件の不利益変更をしない。」

<2>年末年始の勤務による諸手当ては、原告らにとって重要な収入源であって、右口頭の合意は、当然に、これらの収入を奪わないこと、すなわち、年末年始に原告らに勤務をさせるとの趣旨をも含んでいるものである。

また、右合意の存在は、前記慣行に加えて「勤務命令があったと同視し得る事情」に当たる。

4 不法行為

前記3(3)の慣行により、原告らには、年末年始の勤務に伴う各種手当ての支払に対する期待が生じていたから、被告が、これらの期待を事前の協議、十分な予告期間等の手続きを経ないで一方的に奪うことは、信義則上許されない。このことは、前記3(4)の協定の趣旨から明らかであって、被告は、機械警備の導入に際して、原告らに不利益が及ばないようにすることを自ら了解しているのであるから、本件年末年始の直前になって一方的に変更を通告することにより、原告らから右各種手当てを受給する機会を奪うことは、不法行為を構成する。

したがって、被告には、右不法行為によって原告らが喪失した右各種手当てと同額の損害を賠償する義務がある。

5 超過勤務手当て等の請求権の取得

原告らは、勤務先の各学校において、それぞれ、左記のとおり年末年始の勤務を行い、その結果、前記2項から4項に述べたところに従って、超過勤務手当て等の請求権ないしこれと同額の損害賠償請求権を取得した。

(1)原告飯塚

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月三〇日、昭和六一年一月一日、同月三日

<2>時間当たり給与額 一三九八円

<3>超過勤務手当て三万〇七五六円(二二時間×一三九八円)

<4>休日給 四万四七三六円(三二時間×一三九八円)

<5>夜間勤務手当て 一六六八円(六時間×二七八円)

<6>報奨(ママ)費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 九万〇二七〇円

(2)原告鞠子

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月三〇日、昭和六一年一月一日、同月三日

<2>時間当たり給与額 一二九〇円

<3>超過勤務手当て 二万八三八〇円(二二時間×一二九〇円)

<4>休日給 四万一二八〇円(三二時間×一二九〇円)

<5>夜間勤務手当て 一五四八円(六時間×二五八円)

<6>報奨費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 八万四三一八円

(3)原告畑

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月三〇日、昭和六一年一月一日、同月三日

<2>時間当たり給与額 一一二八円

<3>超過勤務手当て 二万四八一六円(二二時間×一一二八円)

<4>休日給 三万六〇九六円(三二時間×一一二八円)

<5>夜間勤務手当て 一三五六円(六時間×二二六円)

<6>報償費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 七万五三七八円

(4)原告山田

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月二九日、同月三一日、昭和六一年一月二日、同月四日

<2>時間当たり給与額 九二〇円

<3>超過勤務手当て 一万三八〇〇円(一五時間×九二〇円)

<4>休日給 五万〇六〇〇円(五五時間×九二〇円)

<5>夜間勤務手当て 一四七二円(八時間×一八四円)

<6>報償費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 七万八九八二円

(5)原告岡田

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月二九日、同月三一日、昭和六一年一月二日、同月四日

<2>時間当たり給与額 九七〇円

<3>超過勤務手当て 一万四五五〇円(一五時間×九七〇円)

<4>休日給 五万三三五〇円(五五時間×九七〇円)

<5>夜間勤務手当て 一五五二円(八時間×一九四円)

<6>報償費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 八万二五六二円

(6)原告松井

<1>勤務をした日 昭和六〇年一二月二九日、同月三一日、昭和六一年一月二日、同月四日

<2>時間当たり給与額 一二九〇円

<3>超過勤務手当て 一万九三五〇円(一五時間×一二九〇円)

<4>休日給 七万〇九五〇円(五五時間×一二九〇円)

<5>夜間勤務手当て 二〇六四円(八時間×二五八円)

<6>報償費 一万三一一〇円(三日×四三七〇円)

合計 一〇万五四七四円

6 仮眠中の手当て請求権

(1)  被告が昭和四二年五月に制定した「職員の特殊勤務手当に関する規則」第二表別表によれば、区立学校に勤務し、学校警備に従事する職員で、正規の勤務時間による勤務の一部が夜間において行われる勤務に従事した者に対しては、学校警備特殊業務手当てとして、一勤務当たり一〇〇円が支給されることになっている。

(2)  右手当ては、給与計算上無給とされる午前零時から午前五時までの「仮眠時間」に対するものであるが、仮眠時間中といえども、警備職員は、仮眠場所が限定され、かつ、非常時にはすぐに対処できる態勢になければならない等の拘束性があることによるもので、純然たる労働の対価である。

(3)  原告山田を除くその余の原告らは、昭和六一年七月から同年九月までの間、左記のとおり勤務し、下段記載の学校警備特殊業務手当ての請求権を取得した。

<1>原告飯塚 三七回 三七〇〇円

<2>原告鞠子 三六回 三六〇〇円

<3>原告畑 三九回 三九〇〇円

<4>原告岡田 三五回 三五〇〇円

<5>原告松井 四〇回 四〇〇〇円

(4)  もっとも、被告は、右手当てを定めた前記規則は昭和六一年七月に廃止されたというが、右手当ては、給与計算上除外された労務提供に対する賃金の性格を有するもので、規則制定権者といえども、一旦認められた賃金の支払を合理的理由なくして廃止することは許されないから、右廃止は、規則制定権者に認められた裁量の範囲を著しく逸脱するものとして、右廃止部分に限り、無効である。

したがって、右廃止は、原告らの右手当て請求権に影響を及ぼさない。

(5)  仮に、規則の廃止そのものは有効であるとしても、実質的な賃金を奪う結果となる本件のような場合には、廃止に至る事前協議、予告期間等の手続きを尽くすべき信義則上の義務があるというべきであるから、これを怠った被告の行為は不法行為を構成し、被告には、右手当てと同額の損害賠償の義務がある。

7 よって、原告らは被告に対し、5項と6項記載の各金員の合計額(ただし、原告飯塚については一部請求)及びこれらに対する履行期の後である昭和六一年一〇月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1は認める。

なお、原告らは、地方公務員法の適用を受ける地方公務員であり、同法五七条所定の「単純な労務に雇用される者」として、その身分の取扱いについては、地方公営企業労働関係法付則四項により、同法及び地方公営企業法三七条から三九条までの規定が適用されることになっている。

2  同2の(1)及び(2)は、いずれも、認める。ただし、(2)<4>の報償費は、給与条例一三条を根拠とするものではない。

3  同3の(1)及び(2)は、いずれも、否認する。

警備職員の勤務時間の割り振りは、各学校において年度当初に行われており、本件当時も、昭和六〇年一二月になって改めて割り振りが行われた事実はない。また、原告飯塚、原告鞠子及び原告畑の割り振りのうち、「一二月二八日から二九日」ついては、正規の勤務としての勤務命令が発せられている。

なお、被告においては、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」八条一項及び同条例施行規則四条一項、二項により、国民の祝日と一二月二九日から翌年一月三日までの年末年始の期間が「休日」とされており、この休日においては、職員の勤務は、任命権者の別段の指示がある場合を除き、免除されることになっており、警備職員もその例外ではない。また、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規程」の別表(学校警備に従事する職員の欄)により、警備職員の「正規の勤務」については、週四四時間の範囲内で、平日、土曜日及び日曜日の勤務時間帯を示して、学校長が具体的に割り振ることになっている。そして、このようにして割り振られた勤務が一応は「正規の勤務」となるが、勤務を割り振られた日が右の「休日」に当たるときは、その日は休日の取扱いとなって、任命権者の別段の指示がある場合を除いて勤務が免除される上、別段の指示がある場合でも、その勤務は休日勤務又は超過勤務となり、「正規の勤務」とはならない。すなわち、勤務を割り振られた平日が右の「休日」に当たった場合を例にとると、「正規の勤務時間の割り振り」は、当日の午後四時から翌日の午前八時三〇分であるが、警備職員に対しては、当日の午前八時三〇分から翌日の午前九時までの勤務が命ぜられる。この勤務命令の内訳は、正規の勤務時間として割り振られている当日の午後四時から翌日の午前八時三〇分までの勤務については休日勤務、当日の午前八時三〇分から午後四時までの勤務と翌日の午前八時三〇分から午前九時までの勤務については超過勤務となり、それぞれ、休日勤務に対しては休日給、超過勤務に対しては超過勤務手当てが支給される。また、午後一〇時から午前零時までの二時間については夜勤手当てが支給される。

4  同3の(3)は否定する。

原告ら主張の慣行なるものは、警備職員による警備のみによって学校警備が行われていた当時のものであり、機械警備が導入された学校については、そもそも警備の必要性がないのであるから、かかる慣行は妥当しない。すなわち、警備職員による警備のみが行われていた当時においては、警備職員が休日や夜間に勤務することは、勤務の必要性があるものとして、任命権者の別段の指示に基づき、予め「正規の勤務時間」が割り振られた日の勤務が命ぜられることになるが、機械警備の導入後は、夜間や休日においても機械による警備が行われるため、警備職員の勤務の必要性はなくなり、現に、昭和五九年から昭和六〇年にかけての年末年始には、機械警備が導入された六校全部について平穏に機械による警備が行われ、警備職員らの出勤等もなかったのである。したがって、原告ら主張の慣行は、機械警備の導入後においては存在しない。

ところが、原告らの所属する品警労は、機械警備を導入した一部の学校における昭和六〇年から昭和六一年にかけての年末年始について、勤務命令がなくとも強行就労する旨を通知してきたので、各学校長は、「勤務する必要はない」「用務なき登校を禁ずる」との命令を発して、勤務命令を発しないことを明らかにしていたのである。

5  同3の(4)のうち、協定締結の事実は認めるが、その余は否認する。

右協定は、当該年度の機械化予定校に勤務する品警労所属の組合員の取扱いについて取り決めたものであるが、年末年始における勤務の問題は、命令権者の勤務の必要性に関する判断の問題であって、正規の勤務時間、休日、休暇等の基本的労働条件に係わるものではないから、労働条件の不利益変更には当たらない。

なお、原告らは、年末年始の勤務による諸手当てが重要な収入源であるかのように主張するが、地方公務員の給与は、正規の勤務時間における勤務への対償としての給料と、給料に付加される従たる給付としての諸手当てに区分されるところ、休日給、超過勤務手当て及び特殊勤務手当ては、特殊な勤務又は正規の勤務時間以外の勤務に従事する職員の給与上の調整を図ることを目的としたものであって、本来的に増減変動する性格のものであるから、生計費の増嵩に対応して給料を補充する手当てと同じように、固定的な収入に含めて、その減収をもって勤務条件の不利益変更に当たると解するのは、正当でない。

6  同4は否認する。

現在における地方公務員の給与制度のもとでは、原告らが主張する各手当ては、命令権者の勤務命令に基づく勤務に対してのみ支給されるものであって、そこに期待権なるものが介在する余地はない。

7  同5のうち、原告らの時間当たりの給与額及び報償費の金額が原告ら主張のとおりであることは、いずれも認めるが、その余は否認する。

原告ら主張の勤務なるものは、命令権者の勤務命令に基づかないで、かつ、用務のない者の登校を禁ずるとの服務命令に反して行われたものである。

8  同6の(1)及び(3)の勤務回数並びに学校警備特殊業務手当てを定めた規則が廃止されたことは、いずれも、認めるが、その余は否認する。

学校警備特殊業務手当ては、昭和三七年四月、「東京都品川区立学校警備員の賄料の支給に関する規程」によって導入され、昭和四六年四月、特殊勤務手当てとして制度化されたもので、その趣旨は、仮眠時間(午前零時から午前五時まで)における拘束性をも考慮し、夜食代相当額を支給することにあった。しかし、昭和六〇年代に入り、公務員給与が社会的水準を維持するに至った状況を踏まえて、業務実態に即した抜本的見直しをした結果、警備職員については、夜間勤務が本来の職務であって、業務実態が「その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるもの」(給与条例一三条)には当たらないことから、正規の勤務時間における対償としての給料以外に特別の手当てを措置する必要はないとの結論に達し、特別区人事委員会の承認を得た上で、昭和六一年七月一日に前記規程を廃止した。

この規程の廃止については、昭和六一年二月に原告ら所属の品警労に提案して以来、七回にわたって団体交渉を重ねており、廃止に至る手続き及び予告期間の点で信義則上の義務に欠けるところはない。

なお、右規程の廃止に伴い、警備職員のみによる警備校における年末年始期間中の勤務については、従前、報償費として支給していた四三七〇円を四四〇〇円に増額した上で、特殊勤務手当てとして制度化された。

第三証拠関係(略)

理由

一  原告らの身分及び夜間勤務手当て等の請求権の発生要件

請求の原因1及び2(ただし、(2)<4>の報償費の根拠法条を除く。)は、いずれも、当事者間に争いがなく、原告らが地方公務員法五七条所定の「単純な労務に雇用される者」に当たることは、同人らの明らかに争わないところである。そして、(証拠略)の「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」及び同号証の二の同条例施行規則によれば、被告は、国民の祝日及び一二月二九日から一月三日までの期間を原則として休日と定め、右休日においては、命令権者の別段の指示がある場合を除いて、職員の勤務を免除していることが認められるから、原告ら主張の夜間勤務手当て、休日給及び超過勤務手当ての各請求権が認められるためには、原告らが命令権者から勤務することを命ぜられて勤務したことが必要であって、このことは(証拠略)の「職員の給与に関する条例」一五条、一六条、一七条及び付則七項の各規定に照らしても明らかである。

なお、(証拠略)の「職員の特殊勤務手当に関する規則」によれば、原告ら主張の報償費は、給与条例一三条を根拠とするものではないことが認められる(給与条例一三条を根拠とするのは、一勤務につき一〇〇円ずつ支給される「学校警備特殊業務手当」で、原告らが仮眠中の手当てとして請求しているものに当たることが認められる。)が、被告の休日に当たる年末年始の勤務に対して支払われるものであることは、当事者間に争いがないから、報償費の請求権が認められるためには、夜間勤務手当て等の請求権と同じく、命令権者から勤務することを命ぜられて勤務したことが必要であることは、いうまでもないと解される。

二  勤務命令の存在について

原告らは、同人らの勤務する各学校の学校長は、昭和六〇年一二月一七日ころ、被告教育委員会の指示を受けて、具体的な勤務割りを完了し、原告らはこれを了知したから、これによって命令権者の勤務命令があったことになると主張するが、本件の全証拠を検討しても、各学校長が教育委員会の指示を受けて具体的な勤務割りをしたことを認めるに足りる証拠はない。

原告らが指摘する(証拠略)は、その成立に争いはないが、「学校警備超過勤務時間早見表の送付について」と題する昭和六〇年一二月一七日付け被告教育委員会庶務課長から各小中学校長宛の文書であって、その内容は、警備職員が年末年始や国民の祝日等に勤務命令を受けて勤務した場合における超過勤務時間算定のための一般的な基準を示したものに止まり、それ自体は、何ら具体的な勤務命令を含むものではないことが明らかである。これに対し、(証拠略)の原告ら指摘の表は、「学校警備職員の正規の勤務時間の割り振り」の見出しのもとに、原告ら各自について、一二月二九日から一月三日までの勤務時間の割り振りと非番の日を記載したものであるが、証人日比敏雄の証言によれば、右勤務時間の割り振りは、警備職員が二名配置されていることを前提として、年度の始まる四月に年間を通して行ったものの一部であって、それ自体は、国民の祝日や年末年始についての勤務命令は含まないことが認められる上、右表が、文書全体の見出しを「機械警備校の一部における年末年始の緊急時連絡一覧」と題した、原告らが勤務する各学校の校長、教頭及び教育委員会事務局の次長、庶務課長らの住所・氏名更には機械警備委託業者の名称などを表示した書面の末尾に収められていること、また、右書面が機械警備校における警備職員に対する年末年始の勤務命令は発しないとする被告教育委員会から各学校長や品警労への昭和六〇年一二月二三日付け通知文書等と一連のものとして編綴されていることに鑑みれば、右表記載の勤務時間の割り振りは、むしろ、右通知文書によってそのとおりには実施しないことが明らかにされたものと認めるのが相当であり(勤務時間の割り振り自体は、国民の祝日や年末年始についての勤務命令を含まないから、勤務命令の撤回にも当たらない。)、したがって、右表のあることから、本件の年末年始について具体的な勤務命令が発せられたと解することは、到底、不可能である。

なお、(証拠略)と証人日比敏雄の証言によれば、被告の設置する学校においては、従来は、一校に二名の警備職員を配置し、交代制勤務のもとで警備を実施してきたが、昭和五九年四月から、順次、警備業者に対する委託を前提とした機械警備に切り替えるようになったこと、しかし、その場合でも、警備職員が配置されている学校では、全日を機械警備とはせず、年末年始の期間を除いては、機械警備と警備職員による警備とを一日置きに併用する(警備職員による警備の日には、機械の作動を停止させる。)という変則的な方法を採用してきたこと、昭和六〇年九月には一九校に機械警備が導入されたが、そのうちの一一校にはなお原告ら六名を含む合計一一名の警備職員が配置されていたこと、そして、被告が、機械警備が導入された学校については、年末年始の警備を機械警備のみによって行う方針を明らかにしたことから、交代制勤務の原則に従って勤務することを主張する品警労ないしこれに所属する原告らとの間で紛争が生ずるに至ったこと、(証拠略)の文書は、この紛争をめぐる遣り取りの中で被告から発せられたものであることが認められる。

三  年末年始における勤務の慣行について

原告らが主張する各手当ての請求権が認められるためには、命令権者から勤務することを命ぜられて勤務したことが必要であることは、前記のとおりである。そうだとすると、原告ら主張の慣行は、仮にその存在が認められるとしても、勤務命令を不要ならしめるまでの効果を持つものではなく、単に勤務命令の黙示の発令としての意味を持つにすぎないことが明らかである。このことは、「右のような慣行は、黙示的に勤務命令があったと同視し得る事情である」として、原告ら自身も認めるところであって、年末年始について見れば、右のような慣行が認められる限り、特に勤務することを命ずる旨の命令権者の明示の勤務命令がない場合でも、警備職員が勤務をしたときは、適法な勤務命令に基づいて勤務したものとして、当然に休日給等の手当ての請求権が認められるというに止まる。

なお、(証拠略)によれば、昭和三四年七月一〇日付けで、当時の東京都教育委員会教育長が、都区学校長に対し、「都区学校警備員の給与の細目について」と題して、「休日給は、休日(国民の祝日及び年末年始の休暇日)に当然勤務することになっている警備員について支給するものであること」などの通知を発していることが認められるが、右文書は、都立学校の警備職員に関するものであることが明らかである上、その内容も、警備職員に対する給与の種類や支給基準を定めたものに止まり、警備職員がいかなる根拠ないし要件のもとで勤務するかを定めたものではないことが認められるから、「当然勤務する」との文言があるからといって、区立学校における休日勤務や超過勤務を伴う年末年始の勤務について、勤務命令を不要とする趣旨まで含むものと解することはできない。

したがって、たとえ、原告ら主張の慣行が存在するとしても、勤務命令の黙示の発令としての意味を持つにすぎない以上は、命令権者がこれと異なる命令をすることを妨げるものではないから、命令権者が年末年始には勤務を要しない意思を表明したときは、右意思が優先することはいうまでもなく、最早、右慣行が妥当する余地はないことになる。そして、(証拠略)及び証人日比敏雄の証言並びに原告鞠子博、同飯塚順各本人尋問の結果によれば、被告は、機械警備の導入という事情の変更を踏まえて、昭和六〇年一二月一三日、機械警備校の校長に対し、同年一二月二九日から昭和六一年一月三日の警備を全て機械警備によって行い、警備職員に対しては休日勤務命令及び超過勤務命令を発しないとの意思を明らかにすると共に、昭和六〇年一二月二三、四日ころ、原告ら各自に対しても、各学校長を通して、年末年始には勤務を要しない旨を通告したことが認められるから、原告ら主張の慣行が命令権者の勤務命令に代わって原告らの勤務を正当化する余地はない。

四  協定における合意について

原告らは、昭和六〇年九月一〇日、被告と品警労との間で締結された労働協約に付随して、「被告は、現在勤務中の組合員につき、勤務条件の不利益変更をしない。」ことを約定したが、右合意は原告らにとって重要な収入源である年末年始の勤務による諸手当てを奪わないことをも含んでいるとして、被告が昭和六〇年一二月二九日から昭和六一年一月三日までの勤務を命じなかったことにより原告らが諸手当ての支給を受けられなかったことは、勤務条件の不利益変更に当たり、右の約定に反すると主張する。

しかし、原告らが主張する各手当ての請求権が、命令権者から勤務することを命ぜられて勤務したことを要件とするものであることは、前記のとおりであって、もともと、命令権者の判断に基づく勤務命令の有無によって変動する性質のものであるばかりでなく、提供する労務に変更がないのに手当てのみが減少したというのであれば、原告らにとって不利益ということはできるが、被告が年末年始の勤務を命じなかった結果として、原告らとしては、右期間について就労を義務づけられることなく済んだのであるから、原告らにとって、勤務条件の不利益変更があったとはいえない。のみならず、証人菊池一郎の証言によれば、勤務条件の不利益変更をしないとの約定が締結されたのは、機械警備と警備職員による警備の併用校では、隔日に勤務すべき相方の警備職員がいないことから、その者の不都合な日に代番をすることにより各種の手当てを取得する利益が失われることに配慮したもので、年末年始における勤務の問題は全く考慮されていないこと、しかも、右代番に関しては、警備職員が二名配置されている学校で生じた代番の要請に対して併用校の警備職員を優先的に斡旋するということで解決したことが認められる。したがって、原告らの主張は、採用することができない。

なお、原告らは、右の合意は、前記慣行に加えて「勤務命令があったと同視し得る事情」に当たると主張するが、それが黙示の勤務命令に当たると解する余地はない。

五  不法行為について

進んで不法行為の主張について見るに、原告らが主張する各手当ての請求権が、命令権者から勤務することを命ぜられて勤務したことを要件とするもので、勤務命令の有無によって変動する性質のものであることは、前記のとおりである。したがって、原告らにこれらの手当ての支払いに対する期待が生じているとしても、もともと、右のような変動を覚悟しなければならないものである上、原告らがその前提とする慣行も、被告においてこれと異なる意思を表明することを禁ずるものでないことは前記のとおりであるから、右期待が被告の意思に拘らず保護されなければならない法的利益に当たるとはいえない。

のみならず、(証拠略)及び証人日比敏雄の証言によれば、被告が機械警備を最初に導入したのは昭和五九年四月であるが、右導入に際しては、昭和五八年一一月ころから昭和五九年二月ころにかけて、東京都職員労働組合品川支部とも十分に協議を行い、昭和五九年二月二二日には、「昭和五九年度は、退職等欠員不補充とし、欠員が生じた場合は人事異動で調整のうえ機械警備校とする。なお、学校警備としての職(身分)は、本人が希望する限り保障する。また、学校警備のあり方については、昭和五九年度末を目途に検討する。」との内容の合意が成立していること、そして、今後、年末年始については機械警備をもって行う旨を説明し、現に、昭和五九年から昭和六〇年にかけての年末年始には、警備職員が配置されている学校においても、機械警備のみによって警備を行ったことが認められるから(もっとも、(証拠略)及び証人菊地一郎の証言によれば、原告らが所属する品警労は、昭和五八年に結成されたが、その組合員らは、当初は、東京都職員労働組合品川支部にも所属していたため、機械警備に関して被告と協議をしたのは、昭和六〇年一月に右品川支部から独立した後であって、昭和五九年から昭和六〇年にかけての年末年始の警備問題には直接に関与していないこと、しかし、昭和六〇年九月一〇日には、機械警備の導入を前提とした上で、対象校に勤務する組合員の人事異動の際の意思尊重などを内容とする協定を締結していることが認められる。)、機械警備の導入に関する被告の行為に手続上の違法があるとはいえず、いずれにせよ、原告ら主張の不法行為の成立を認めることはできない。

六  仮眠中の手当て請求について

昭和四二年制定の「職員の特殊勤務手当てに関する規則」によれば、被告においては、学校警備特殊業務手当てとして、一勤務当たり一〇〇円が支給されることになっていたこと、もっとも、右規則は、昭和六一年七月一日制定の規則によって廃止されたこと、原告山田を除くその余の原告らが、昭和六一年七月から同年九月までの間、その主張の回数の勤務をしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

原告らは、右手当ては、給与計算上無給とされる午前零時から午前五時までの労務提供に対するもので、純然たる賃金の性格を有するから、合理的理由もないのに右手当てを廃止することは許されず、したがって、右手当ての廃止を定めた規則は無効であると主張する。しかし、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、学校警備特殊業務手当ては、給与条例一三条所定の特殊勤務手当ての一種であって、「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務で給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員」に支給されるものであること、学校警備特殊業務手当ては、警備職員は、仮眠時間である午前零時から午前五時までの間においても、緊急事態の発生に備えていなければならない等の拘束性のあることをも考慮して、夜食代相当額を支給することから出発したものであるが、その後、被告において社会経済情勢の変化に応じて見直しをした結果、警備職員は、夜間勤務を本来の業務とするものであって、その特殊な勤務を条件として雇用され、給与上の措置が採られていることから、給与以外に特別の手当てを措置する必要はないとの結論に達し、特別区人事委員会の承認を得た上で廃止することにしたこと、その際、年末年始期間中に勤務した警備職員に対しては、従前、報償費として支給していた四三七〇円を四四〇〇円に増額した上で、特殊勤務手当てとして制度化したこと、右見直しに当たっては、昭和六一年二月二七日、品警労に対して協議を申し入れ、その後廃止までの間、約六回にわたって協議をしたことが認められる。

右によれば、学校警備特別業務手当ての廃止は、相当な理由があるものということができ、しかも、廃止に至る手続きにも特に不当なところはないから、右廃止が規則制定権者の裁量の範囲を逸脱するということはできない。

次に、原告らは、廃止に至る事前協議、予告期間の設定等の手続きを尽くすべき信義則上の義務に反する点で、不法行為を構成すると主張するが、右に見たところによれば、被告は、十分な協議、説明をしていることが認められるから、廃止の手続きに違法があるとはいえない。

七  以上のとおりであって、原告らの主張は、いずれも理由がなく、本訴各請求は、失当として排斥を免れないから、これらを全て棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田豊)

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